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泥中の花

長い階段の先で巨大な鐘が揺れる。地を揺らすような轟音も、遠くの山で鳥が羽ばたいた音のように私の耳には届かない。

全身を純白に包まれたお嬢様が鏡の前に座っておられる。レースのカーテン越しに降り注ぐ陽光に照らされるそのお姿は、まるで一枚の絵画のように美しい。お嬢様の美しさを称えるように鐘が遠くで鳴った気がする。

あの鐘の意味もこの色の意味も全てわかっている。私の醜く浅ましい心が愚かしい感情に満ちている理由も。
「ねえ」
鈴のなるような声が私を呼ぶ。振り向いたお嬢様の声に導かれるようにして、すぐとなりにかしずいた。
恐らくこれが最後のお言葉だ。私はもうお嬢様のお側に侍ることはない。私のような醜いものでお嬢様のお目を汚す必要はもはやないのだ。
「はい」
マスクでこもったこの声でお嬢様のお耳を汚すこともこれが最後。いまや真っ白の手袋におおわれた彫像のごとき美しいその手で、醜い私の肌を暴くことも二度とない。
それなのにお嬢様はその汚れを知らない手でいつものように私の薄汚れたマスクを外した。慌ててうつむく私の顎をすくって、お嬢様は宝石のように美しいその瞳で私の小さな目を見つめられる。私はすっかり目をそらす術を忘れてしまったようで、お嬢様の瞳から目が離せなくなってしまった。
永遠のような一瞬私と見つめあったお嬢様は、ふわりと顔をほころばせて
「私の子供も守ってね」
そっと頬の傷をなぞるように手を滑らせてまた鏡に向き直られた。

冬枯れのなか小さな花を見つけたような、それでいて世界中が歓喜に湧いているのに花だけがどれも枯れ落ちてしまったような、そんな心地で指の一つも動かせない。
また遠くで鳥の羽ばたく音がする。

「わかった?」
お嬢様のお声が雷のように頭から足先まで貫いた。返答せねばと自身を叱咤して口を開く。
「かしこまりました」
動きを止めた全ての器官を総動員させてなんとか絞り出した言葉は、かすれてあまりにも頼りなかった。
そんな私の返答に喜色満面のお嬢様は、踊るように部屋を出て鐘の下へ向かわれた。やかれ骨すら残らず炭となった私の心とは真逆の純白の教会へ。神に永遠を誓うために。

かつて私がお嬢様に誓ったように。

お嬢様の漫画の前半を描いた後に衝動に任せて書きなぐった文。
漫画のほうがわかりやすい気がする。