失せ物の魔女

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 失せ物の魔女はどんな失せ物だって見つけてくれる。人も、物も、思い出も。
 失せ物の魔女に見つけ出せないものなんてこの世にはない。何だって探し出してくれる。
 この世にあるものなら何だって、失せ物の魔女が見つけてくれる。
 何だって。

失せ物の魔女

 深く木が生い茂る森の縁、街明かりと森の夜が入り交じる獣道を少女がひとり歩いていた。上から下まで真っ黒な夜道に相応しくない格好の彼女は、小さなランタンの明かり一つで真っ暗な森を進んでいる。暗闇から手を伸ばす小枝に長い髪が絡まっても歩みを止めず更に奥へと足を踏み入れる。暗いくらい森の奥へ。

「月を見るのはやっぱり苦手なんだねえ」
 男は山頂をかすめる猫の爪のような月の方を向いて言った。
 大きな笠をかぶった男は夜の森のなかでひとり、明かりも持たずに佇んでいた。時折首を傾けてはなにか呟いている。ささやくようなその声は夜の闇に溶けて消えていくばかりで、答える声はない。一寸先の枝葉さえ定かではない森の中で男の声だけが際立っていた。
 月が山頂を離れ天に昇るまであと僅かとなった頃、男は先の見えない森の奥を指さして
「向こうにいるのかい?」
と森の闇に問いかけた。
 ややあって男は嬉しそうにうなずくと、自らが指し示した森の奥へ歩き出した。木々の隙間から漏れ出した弱々しい月明かりだけが男の灯火。何も見えないに等しい夜の森を男は迷いなく奥へおくへと進んでいった。

 森の奥はより鬱蒼と木が生え複雑に入り組んだ枝葉がほんの僅かな光さえ遮る深い闇の住処。男は辿り着くなり闇の中を落ち着きなく動き回っていた。巨木の裏を覗き込んだり、虚の中に手を入れたり、枯れた丸太を転がしたり、モノを見るだけの明かりなどない中でなにかを探している。
「見間違いだったのだろうか……」
 森の最奥と呼ばれる辺りを散々歩き回って、何度も転がした丸太に腰を下ろすと男はがっくりと肩を落とした。嘆息してちらりと隣に目をやると、男は目を見開いて正面に向き直った。男のいるところのずっと先、なにもない闇に針先で穴を開けたように小さな明かりがぽつんと浮いていた。それは小さく揺れながら少しずつ男のもとへ近づいてくる。明かりは男から一歩離れたあたり、男と明かりの持ち主の顔を照らし出す距離で止まった。
「あなたが夜護り?」
 ランタンを持った年端もいかない少女が言った。その向かいに座る年老いた男の驚いた顔が闇夜に煌々と照らし出される。
「失せ物の魔女様ですか……?」
 男が声を震わせて問いかける。問われた少女――失せ物の魔女は小さくうなずいて、持っていたランタンを空にはなった。ふわりふわりと空中を泳いでランタンは男の隣にことりと着地した。何も見えなかった暗闇がぼんやりと照らされる。枯れた丸太の脇で寝ていたそれがぎょろりと目をむいた。
「私が夜護りです。こちらは共のトバリ。あなた様を探しておりました」
 ハ虫類のような魚類のようなそれは名を呼ばれると、目を瞬いて身を起こした。トバリという名のその生き物は、ランタンの明かりの中でも真っ黒で、夜の闇から上半身だけこちらにのぞかせているようだった。トバリは夜護りの顔をじっと見て、それから今度は魔女の顔を覗き込む。魔女は少しだけ顔をひきつらせて半歩後退った。
「私もこの街の夜護りを探していた。なにか失せ物があるから、それを探し出して欲しいと頼まれたの」
 失せ物の魔女の言葉に夜護りは深くうなずいた。
「そうなのです。急ぎ探していただきたいものがあるのです」
「一体何を失くしたの?」
「正しくは失くしてはいないのです。お貸ししているものをとある方から返していただきたいのです」
「少し私の仕事に似つかわしくないように思えるが……一体何を誰に貸したの?」
 小難しい顔つきで魔女が言う。夜護りはおもむろに立ち上がると魔女の前まで歩み寄り地べたに膝をついて魔女の小さな手をとった。
「私の目をこの夜から返してもらってほしいのです」
 ゆっくりと見開かれたそこには夜の闇と同じ色の虚があった。